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2018年5月16日 (水)

自分で自分を姫にする固定概念からの脱却

前回のブログで、ダンスの教え方(導き方)がかわったという話を書きました。

なぜそこに行き着いたのか。
まずは自分の過去の行動を振り返りました。

あのとき、どうして私はあのひとのことを許せなかったのだろう?あの発言が嫌でその人のこと嫌いになったのだろう?
嫌い
許せない
心がざわつく
この感情を自分が味わうときって、ほとんど必ずと言っていいほど
自分もそうなりたい(そう言いたい)っていう願望や羨望がある

例えば、テキトーなことを言ってる人がいて
あいつまじテキトーで、人に迷惑かけてムカつく!って思うときって
自分もそれくらいテキトーだったらもっと楽できるのになぁ

っていう感情の裏返しだったり。
あ、もっとわかりやすいところで言えば
友達が結婚して、旦那さんが金持ちだとして
別に自分は何されたわけでもないのに
いくら金持ちでも、あの顔面かぁ私はもっとイケメンの旦那さんがいいわぁとかね、ちょっとディスってるときって
こころではお金持ちうらやましいって思ってる証拠!(まぁ価値観の違いで金より顔が大事!って思ってる場合もあるけどw)
私の場合だと、本当にきっちりしていない人が嫌で。
特に仕事とか、やりたいことについてルーズな人が嫌いでした。
実際にあった話だと
昔スタジオの大きな発表会に出てたとき、そこまで年齢変わらない女のダンス仲間が
衣装でさー、ベージュのインナー履いてくださいって言われてたけどベージュのインナーなくてさこれでいいよねぇ?
って出してきたのが
クリーム色のペチコートだったんです。

ペチコートって短パンくらいの丈で、レースがひらひらついている、見せパンみたいなわかりますかね?
用意しろって言われてたベージュのインナーは、昔でいうガードルみたいな(ガードルって最近使わないよね笑)ベージュ色のスパッツみたいなやつです。ちなみにユニクロで900円くらいで売ってたはずです。
最初聞いたとき
はぁ?!って思いました

しかもそれ本番当日の話です笑
これでいいよね?もなにも、それ履くしかないじゃないですか。
しかもその発表会は、規模も大きいので、ダンサーとしてやっていきたい!と思っている人もわりといて、私もそうだったし、そのベージュのインナーを用意しなかった子もダンスでやっていきたいって言ってる子だったんですよね。
衣装の一つもまともに用意できないのに、ダンスで食っていきたいとかなめてんのかコイツって思いましたよね。

でも、感覚として間違っているわけではないと思うのです。んー正解も不正解もない。ただ、今となって思うのは
そんな他人のことにイライラしてないで、自分見よう?自分のことやろう?

ってことです。私ができないのはそこでした。
自分のことだけに意識を向けていれば他人の情報なんて正直どうでもいいはずなのに
他人の行動を自分の中に引き込んでしまうから、
イライラする。
イライラするだけならまだしも
自分はああいう風にはならないぞー!と、自分で自分を縛るルールを作ってしまう
結果苦しくなるのです。

自分で自分を縛ってルールが増えていったらどんどん手が抜けなくて、ちょっと楽してもいいところ、気を抜いてもいいところで抜けなくなる。
頑張らなくていいところで頑張らなきゃ!って思ってしまう。
そりゃ苦しいよね

他にも例をあげたらキリがないくらい、
あの人のこういうところ嫌だ!
発言が許せない!って思ってました。
そう思えば思うほど自分が許せなくなる。
同じ穴のムジナだわってなったときに自己嫌悪しかないですよね
今はそこから本当に少しずつではありますが、脱却しているように思います。それもこれも自分より年下の子たちを見て得るとこがたくさんあるからだと思います。
こどもはとても自由で、
羽を広げている
こどもがわいわいしてるのが嫌だなぁって思ったときは
自分もこどもにもどってバカやりたいってことなのかも。

常に自分にワクワクを。

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